【番外編】ごめん、赤ちゃんできました。

こんにちは。水谷ゆうきです。

今回は前回に引き続き番外編。

テーマは「恋愛編」です。

遠距離恋愛でも耐えられた理由

三重と香川の遠距離恋愛が始まってすぐ、彼は石川県へ出張に行った。

その間約2ヶ月。

石川まで会いに行くための休みが取れず、私が彼と次に会ったのは付き合ってから2ヶ月半後のことだった。

その日、彼は再び高松にやってきた。毎日欠かさずメールや電話をしていたことで、普段の寂しさはほとんど感じなかった。

なんといっても出会う前から遠距離だったからだ。

これが毎日会っていていきなり遠距離になったら、きっと耐えられなかったんじゃないかとすら思う。

 

彼は再び高松にやってきた。約2ヶ月半ぶりの対面。

相変わらず寂しかったというよりも”恥ずかしい”が勝る。

 

「久しぶり」と言っても2回目。

「うん、久しぶり」と伏し目がちに答える。

 

彼は、色々と盛り上がっていたので(?)早々にそういうことになり、その日の記憶はすでにそれしか残っていない。(若いって素敵)

 

やっぱりそばにいたらそうなるよね、「離れたくない」

私が結婚するまでに三重に行ったのは2回。

1度目は3回目のデート、2度目は妊娠報告だ。

3回目のデートは、京都・奈良・三重と彼が企画してくれたプランに完全に乗っかる形でついていった。2泊3日だったか3泊4日だったか。

新幹線は高いので、全身を痛ませながら夜行バスで名古屋ー高松を往復した。

帰宅時間が近づくにつれ、初めて「離れたくない」という感情が芽生えた。これには自分でも驚きだったが、「このまま一緒にいたい」と心から思ったのだ。

そんな様子をみて彼は困っていた。何度も「今はとにかく一緒にいることを楽しもう」と言われたが、まだまだ23歳の若者ですよ?こちとら燃え上がってますよ。

そして、いよいよ帰りのバスが近づいてきたとき、彼からこう言われる。

「俺、高松に引っ越すわ」

 

ごめん、赤ちゃんできた。でも産むよ。

高松に引っ越すと言ってくれた彼。

私は嬉しくて号泣。

 

そして彼はなぜかその勢いでホテルへ。(え?また?と内心思う)

そんなに私のことが好きなの?というよりは、またしばらく会えないから回数こなしとくって感じかと思いつつも、燃え上がっちゃったんですね、私たち。

 

「大丈夫」

どうやら私はそう言ったようです。

確かに言ったようですが、覚えてません。

 

何が大丈夫なのか。

大丈夫の先に何が待っていたのか。

 

・・・妊娠しました!

 

もともと、ずっと婦人科にかかっていた私。

元彼との破局により18キロ痩せたおかげか、生理不順もマシになっていた。

 

が、「自然妊娠は難しいやろうね」と医師に告げられていた私。

他にも不具合というか、ちょっとアレやねぇ、という場所があったので。

 

なので、自分が妊娠したとは露ほどにも思わなかった。

彼から「最近来てなくない?」と言われるまでは。

 

彼がそう思ったのには理由がある。

私があるイタリアンレストランで強烈な吐き気を催したからだ。

 

普段嫌いなものなど一切ない私が、その日出てきた生ハムとオリーブに強烈な吐き気を覚えた。そして吐けない。下痢をしているわけでもない。けれど、えずく。ムカムカムカムカ。

その様子を見ていた彼は、もしや?と思ったようだ。

 

「えー、いやいやー」と言いつつ何となく私にはもう1つ心当たりがあった。

免許を取ってから落ち着いていた車酔いが再燃していたのだ。

 

車の匂いを嗅ぐだけで吐きそうになる。

「ここまで酷かったっけか?」と思うほどグッタリする。

 

妊娠?嘘でしょ、と思いながら、内心ワクワクしていた。

「自然妊娠は難しい」と言われていた私が妊娠?!

 

その時から心は決まっていた。

どんなことがあっても産む。

 

結果的に、何度検査をしても結果は「陽性」だった。

何度も検査をしたのは、「陽性」だったのが間違いじゃないと確認したかったから。

「陰性」がよかったんじゃなく「陽性」間違いなし!を求めて。

 

病院で「おめでとうございます。3ヶ月ですね」と言われたその足で母子手帳をもらいに行った。

彼は以前、私が妊娠しにくいかもしれないと告げた時、気を使ってか本心か「俺は子ども別にいらんよ。夫婦2人だけでいい。子ども苦手やし」と言っていた。

 

なので、妊娠の事実を告げたらどんな反応をするのか分からなかった。

まして、出会って3ヶ月。喧嘩すら一度もしたことはない。

 

彼にメールで妊娠したと告げると、意外な反応が返ってきた。

「嬉しい!もっと仕事も頑張るよ。安心して。張り合いが出た!」

彼は妊娠を喜んでくれ、私たちは結婚することになった。

 

父との確執。結婚式での和解

子どもが生まれる1ヶ月程前。以前から彼の態度や生活に対していい印象を持っていなかった私の父が彼と私に対して苦言を呈した。

その頃の私はまだどこか父に遠慮していて、聞き流そうと思っていたのだけど、お酒の席だったこともあり彼が先にキレてしまった。店内で取っ組み合いになり、あわや警察沙汰になりかけた。

私は2人を制止するために大声を出したせいか、お腹が張ってしまい座り込んだ。

 

その日から結婚式までの約1年間、私にとって苦しい日々が始まった。

 

4月無事に娘が生まれた。

みんなから可愛がられスクスクと育っていた。

 

私は、自身名義のマンションに両親とともに住んでいたが、あの一件から別居したいと思うようになった。

父が事あるごとに母を介して詮索してくるようなことがあったし、彼は部屋にこもるようになっていたから。

 

母に相談したところ「私たちが出て行かないかんの?」と言われたため、私たち家族が出ていくことにした。

娘が10ヶ月のとき、ようやく3人暮らしを始めた。3歳頃まで夜泣きの酷かった娘を実質1人でみるのはとてもしんどかったが(当初夫は育児に非協力的であったため)、私には家を出てきた意地があった。

 

意地といえばもう1つどうしてもしたいことがあった。

それは結婚式。

 

私たちは妊娠・結婚と順番もバラバラだったため、式を挙げていなかった。

(正確には、両家揃って神前式はしていた。ここでいう結婚式とは披露宴という意味合いが強い)

彼も、お互いの両親も、特に結婚式にこだわりはなかったが、私は色んな人の結婚式を見て感動していたし、関わってくれた人に感謝の意味も込めて結婚式を挙げたいと言った。

お色直しがなくてもいい。でも結婚式は挙げたい。

 

運良く、彼が勤める会社の系列に結婚式場があり、子どもが小さくあまり費用はかけられないがどうしてもお礼を伝えたい、というと通常の半額以下で式を挙げさせてもらえた。

 

式が始まり、バージンロードを父と歩いたあと、父が新郎(彼)へ私の手を渡し新郎と父が握手を交わす場面があった。

固い握手を交わした時、父は涙を流していた。

彼も両手で何度も握り返していた。それを見ていた母、妹も号泣。

 

彼と父が和解した瞬間だった。

 

後日談&私にとっての彼

と、言いつつですね、その後も何度かぶつかって、何度か疎遠になってますw

ここ最近はなくなったかな、という感じで。

 

こればっかりは、もうどうしようもないです。

私がどれだけ夫をかばっても、父を立てても意味はなかったので。

 

ただ、父も丸くなり夫も成長したことで、段々と絆は深まってきたのではないでしょうか。

 

みんな仲良しじゃなくても大丈夫です。

ただ、私は夫の一番の味方であり、それが妻の役割だと思っているくらいです。

 

だって、父はどうやっても家族ですからね。

夫に味方になれるのは妻だけです。

 

なので、たとえ夫が間違っていてもその場は夫の味方をします。

その後2人きりになった時に「あれはおかしいよ」ということはありますが。

添い遂げるのは夫。それだけが私の中の事実です。

 

 

結婚編いかがでしたか?

次回はいよいよ愛され主任 爆誕のきっかけとなった「浮気編」です。

嫌な感情を味わい尽くして書き記していきたいと思いますw

それではまた!


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ABOUTこの記事をかいた人

出会って3ヶ月で結婚を決め、半年で妊娠。その後順風満帆に見えた結婚生活も夫の浮気と、愛人の逆襲により人生のドン底を味わう。「自分の好きに生きよう」と決めると、そっぽを向いていた夫から関係修復を求められ、愛妻家へと変貌した。現在は看護師を辞め、【自分を愛して世界を変える】のコンセプトのもと、講座の開催やメルマガ配信など執筆活動に力を入れている。2019年は本の出版が一つの目標。