改めまして、水谷ゆうきです①〜軽めの自己紹介編〜

水谷ゆうき、今年はさらけ出します。

みなさま初めまして。
生まれも育ちも香川県高松市の愛され主任 水谷ゆうきです。
昭和60年生まれの33歳、8才の一人娘と7つ年上の夫との3人暮らしをしています。

 

普段はアメブロを利用しているのですが、「もっと自分を前面に出したい!」という気持ちが1年ほど前から芽生え、2019年ようやく初動しました。

アメブロも変わらず更新していきますが、こちらのブログではもっと深く、赤裸々に、好きなもの(こと)だけをアップできたらな、と思っているのでぜひお付き合いいただければと思います(笑)

で、やっぱり最初は自己紹介なのかな?ということで、この記事を含めて3記事に分けて私の自己紹介をしていきますね!

幼少期は結構闇が深いし、結婚してからは浮気に悩まされてきたし、正直読んでくださる方が暗くならないか心配ですがw

本人はいたって元気で明るく、そういう色々を楽しんできたので、どうぞみなさまも楽しんでくれるとありがたい!

では、今日はまず私が現在の肩書き「愛され主任」になるまでの経緯をダイジェスト版でお伝えしていこうと思います。

と、言いつつ長文になっちゃう可能性大なので先に謝ります。

すみません。

 

看護師としての水谷ゆうき

私は看護師として20才から2018年7月末まで働いていました。

職場に不満があったわけでも、看護師が嫌になったわけでもなかったのですが、「このまま看護師として一生を終えていくのでいいのだろうか」という漠然とした思いに苛まれ、2016年、ある方の著書をきっかけに「起業」という選択肢があることを知ります。

しかし、その頃の私が起業というワードに持っていたイメージは

「バリバリ仕事ができる人の独立の道」「キラキラした異世界」。

いやいや、体育会系の私がそんなキラキラしたことできるんか!?

と、憧れはあったものの、その道を目指すまでには至りませんでした。

やっぱり起業したい!

2016年の夏頃から、再び「起業」について考え始めます。
その頃の私は、院内で一番若い病棟主任として毎日会議や資料作りに追われていて、定時に帰宅できるものの、娘が寝た後に資料を作ったりと、サラリーマンと変わらない生活を送っていたのです。

「患者さんのためになることならまだ頑張れる」
「でも、毎日毎日こんな資料を作っていくのは正直しんどい」

そんな思いを持ちながらも、主任としてスタッフの相談に乗ることや教育をすることは好きで、結局「もう少し頑張るかなぁ〜」と同じことで悩み、同じように着地することを繰り返していました。

しかし、その頃の師長がとても気分屋で、昨日①と言ったことが②になる、ということが度重なるにつれ、「なんでこんなにも人の機嫌を伺って仕事せないかんのやろう。私がやりたいことって何なんやろ。」と、だんだんと職場に行くのが憂鬱になっていきました。

その頃、私が勇気をもらっていたのが、宮本佳実さんの「可愛いままで年収1000万円」という本です。

【好きなことを好きな場所で好きなだけ】

そんな働き方をしているという女性。

ずっと悶々としていたこともあり、どうやったら会えるのかを検索していました。

すると、そこで私の運命を変える講座に出会ったのです。

宮本佳実さんに会いたい!〜ワークライフスタイリストとの出会い

宮本佳実さんは、ワークライフスタイリストという肩書きで活動されており、お茶会、継続講座、作家とステップアップされていました。

私が佳実さんを知ったのも著書だったわけなので、既に個人セッションなどはあまり公にはされていませんでした。

そんな中、唯一佳実さんと会えるのはワークライフスタイリスト養成講座だったのです。

正直、ワークライフスタイリストになりたいわけではなかったのですが、お申込みページに「ワークライフスタイリストになるだけが目的ではない」と書かれていて、受講したいという気持ちが高まっていました。

しかし、そこには2つ問題が。

 

  1. 半年間大阪(他に東京)に通わなければいけない。
  2. そもそも講座代が高額である。    

 

1.半年間大阪(他に東京)に通わなければいけない。

講座はお昼頃から夕方まででしたが、高速バスで往復7時間半かかります。新幹線はもう少し早いですが金額が倍以上かかる・・・。
そして、その頃5才だった娘を夫に見てもらわなければいけない

2. そもそも講座代が高額である。

私は、それまでセミナーというのは看護師向けのものしか参加したことがなく、まあ高いもので1日3万円のものとかもあったので、半年間も通うのだからある程度覚悟はしていたのですが、それでも「よっしゃ、はい、行きまーす!」とはいかない金額でして。笑。
しかもその頃は、ようやく夫が独立して力をつけ始めた頃だったので、その講座代を「無駄」と言われたら諦めるしかない、と思っていたのです。

 

「俺が払うよ」

 

耳を疑いましたね!
え?嘘でしょ?みたいな。

恐る恐る相談したその瞬間に「いいよ、行って来なよ」と言われたんです。

あ、ちなみにこの時は既に浮気の修羅場後なので夫との関係は良好でした。

そして、子どもを預かることも全く気にしていないようで、結果私は念願だった佳実さんに会いに行くという夢を叶えることができたのです。

講座では、約50名の同期ができました。
どの方も、見れば見るほど「自分より優れている」という方ばっかりで、場違い感が半端なかったのですが、段々と自信がついてくる自分もいて、最後の方には講座前にお茶をする友人もできました。

そして、その講座で出会った同期が今でも心の支えとなっていて、お互いの進捗を報告しあったりする仲間もできました。

肝心の佳実さんは、生で会うとさらに可愛くて意外と?ピリッとした一面もあり(これだけ成功しているのだから当たり前なのだけど)、いつか私も佳実さんのようになりたい、と思うように。

半年間、欠かさずバス停まで送迎してくれた夫。
そんな夫のサポートもあり、半年後私はワークライフスタイリストのディプロマをもらいました。

ワークライフスタイリストではない活動

ワークライフスタイリストになってから、初めの頃は講座中に取得したセッション方法やお茶会などを定期的に開催していました。

その頃は集客のスキルもなく、参加者0のお茶会もザラでしたがw

「なにか活動しているとアピールしないと不安」という気持ちが大きく、目的が定まらないままセミナーやイベントの開催を企画したりしていました。

そして、何度かそういうことを繰り返していくうちに、「私がやりたいことはワークライフスタイリストとしての活動なのだろうか」という疑問にぶち当たります。

そして、講座中に同期から言われた言葉を思い出しました。

「浮気された経験を伝えていったら?」

愛され主任としてスタート

実は、浮気されたことを発信していくことにはじめは抵抗がありました。

面白おかしく書くことには何の抵抗もないのですが(ないんかいw)、「批判を浴びたくない」という気持ちと「私が誰かに教えたり伝えたりできるのだろうか」という2つの弱気な私の気持ちが、心のどこかでブレーキをかけていたのです。

そして、そのブレーキを外してくれたのも、これまた奇しくも夫でした。

「ゆうちゃんの経験を語ることで救われる女の人は多いと思うよ」

お前が言うな!と思ったかどうかはさておき、その言葉によって私はブログの中身を「働き方」から「愛されるコツ」へと変えていったのです。

そして現在。

婚活支援の方からの依頼で「愛され妻セミナー」を開催したり、個人セッションで働き方やパートナーシップに悩む女性の話を聞いたり、自身のコミュニティ「LOVEme部」を発足したりと、看護師退職後の2018年8月から怒涛の行動量で活動してきました。

おかげで、2019年には継続講座も始める目処が立ち、今後はもっと多くのパートナーシップに悩む女性の力になれるのではないか、と思っています。

ちなみに「愛され主任」とは、看護主任だった頃に看護師の教育指導をしていたことと、浮気夫を愛妻家へと変えた愛され妻である私の経歴をそれぞれ掛け合わせて「愛され主任」となりました。
(これも夫の案です。自分では結構お気に入りw)

長々と書いてしまいましたが、私の現在の活動に至った経緯を今回は書いてみました。

次回は、「水谷ゆうきの闇」幼少期の私について書いていきたいと思います。

ぜひ、次回もお楽しみ!!


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ABOUTこの記事をかいた人

出会って3ヶ月で結婚を決め、半年で妊娠。その後順風満帆に見えた結婚生活も夫の浮気と、愛人の逆襲により人生のドン底を味わう。「自分の好きに生きよう」と決めると、そっぽを向いていた夫から関係修復を求められ、愛妻家へと変貌した。現在は看護師を辞め、パートナーシップに悩む女性や、自己肯定感の低い女性に向けて講座やセッションを通して変わってもらいたいと奮闘中。2019年は無料オンラインサロン開設予定。